2010年5月3日月曜日

大島 萩六島

見島に行こうと思って港に行ったら
知り合いがおったので別の船に乗った

観光客は一人だけ。半日ふらふら。

             鳥の声と風の音が気持ち良かった。



2010年5月2日日曜日

萩城 日本百名城 七城目

萩城です。



江戸時代初期に毛利家が本拠地を置くことになった土地で、城は二つの河のデルタ地帯の先端に位置しています。


城の裏手の指月山は、市内の他のエリアでは感じない独特の空気があります。



地形から見た城の位置とそのバランスがとても美しく感じました。

2010年3月22日月曜日

イリオモテと雨

美崎町のゲラゲラを出発し、離島ターミナルへ。「ヤエカン」で往復乗船券をGET。
波高2.5m波跳ねる高速船で上原港へ向かう。この衝撃が懐かしい。

初めての八重山一人旅(2005年)以来の上原港。
ターミナル以外はあまり変わってない気がした。

急遽、手配した宿の玄関に着いたが人の気配が無い。
どこの離島もこんなもん…と思いながら庭先の蝶々(タテハモドキ)と戯れる。

ふと電柱を見上げると天然記念物のカンムリワシ!?こんな離島は他にない。

しばらくすると宿主が登場。開口一番『カヤックやってみる?』と…
何となく予想してたこともあり『はい』と即答。初のカヤック体験へ。

浅瀬から川の中心へと漕ぎ進む。何となく景色が大きく見える。
漕ぐのに必死で写真を撮る余裕がなかった。

脇の小さな川に入り、静寂の空間へ…
漕ぐのを止めると、鳥の鳴き声…

フギャー!!!フギャー!!!
ヒィィィィ!!!ヒィィィィ!!!
ウゲェー!!!ウゲェー!!!

ヒヨドリの鳴き声…決して癒しではないと思うのはオレだけか?w

前から修学旅行の女子高生が十数名。
元気の良い『こんにちわ』がこだまする。
勿論、最高のスマイルで全員に応えた。

かなり癒された。

良い印象で初のカヤック体験を終え(?)、翌日に備え、野菜サラダをもりもり食べて眠りについた眠い(睡眠)

翌朝…嫌な予感で目が覚める…

風がヒューヒュー
雨がバチバチ
波がゴーゴー

まさか…またか…

雨+突風+高波w

暗い一人部屋での引きこもり確定w

初めてのイリオモテ上陸の際も、バケツをひっくり返したような雨だった。
鳩間島から上原港に脱出後、行くあても無く、川満スーパーで立ち尽くした。
寒さと空腹に耐えかねて、入った「そば屋」で、野菜ソーキそばをすすった。
心の底から美味いと思った。※後にそこが新八食堂であることを知る。

生まれたての子羊のようにブルブル震えるびしょ濡れの小僧に同情したのか、
店のねえねえが大原港まで送ってくれた。本当にありがたかった。
その後、石垣の拠点となる伝説の宿に飛び込み、島巡りに没頭し、今に至る。

雨脚の弱まった昼過ぎに新八食堂に行き、野菜ソーキそばを食べた。
少し味の濃いめの普通のソバだった。

翌日、晴れ間が覗く空の下、大原港からイリオモテを離れた。

帰りの船の中で誰かが言ってた言葉を思い出した。

『止まない雨はない。晴れない空はない。』

2010年3月8日月曜日

ヌスクマーペ@石垣島

例年、梅雨明け後の空と海を求めて6月に渡島した。到着時の気温は28℃。
石垣到着後は「やらぶ食堂」で体を慣らし、涼しくなってから美崎町へ出陣した。

翌日は、石垣島北部の野底岳へ。島ではヌスクマーペと呼ばれる。
悲しい恋の伝説のある山だ。

OTSでコガネムシ色のレンタカーを借りて、399号を通って登山口へ向かった。

登山口は分かりづらかったが見つかった。
人一人が、ようやく通れる道を進む。鋭利な草が腕と足首にあたって痛い。
半袖半ズボンで来たのは失敗だった。

少し進むと、草のエリアから木のエリアに到着。少し歩き易くなる。
視線の先にはジャノメ蝶のカップルがヒラヒラ舞う。

足場は赤い土。「雨が降るとやっかい」と思いながら地元山岳会が設置してくれたロープを辿り頂上へ向かった。

強風と鳥の鳴き声を感じることができた。

雨が降り出した。赤土はつるつる。お約束通りのすってんころりん。


2010年2月14日日曜日

沖縄本島一周

消滅が噂されたJマイルを放出が目的の沖縄本島の旅。

2/11
北九州空港→那覇→R331を南下→瀬長島→最南端の喜屋武(きゃん)→南東部の奥武島(おむじま)→斎場御嶽(せいふぁーうたき)→聖なるヤモリを観察


R331→R329→中城城跡(百名城5城目)→勝連城跡→薮地島→平安座島→浜比嘉→宮城島→伊計島→海中道路→大渋滞→那覇(空ハウス泊)

2/12
R58→嘉手納基地→万座毛→名護(名護ゲストハウス泊)

2/13
瀬底島→今帰仁城跡→屋我地島→古宇利島→今帰仁城跡(百名城6城目)→R58→極寒の辺戸岬→噂の辺野古→那覇(月光荘泊)

2/14
おーい竜馬→暖房ラーメン→那覇空港(DLY19時50分~22時30分)→北九州15/0:00着

2009年9月21日月曜日

星と桃@ウルトラ礼文

◇9月11日曇り
AM 5:30 起床
一人静かに寝どこを後にした。

AM6:50 稚内港発 香深行 2500円
フォト
ハートランドフェリー
http://www.heartlandferry.jp/

礼文の北の『荘』と南の『荘』の噂は旅の途中で聞いていた。
空室確認のため北の『荘』に電話した。

蜂『今日、泊まれますか?』
宿『今日は…シャケとかで忙しくて…夕食がなくて良ければ泊まれますけど…』

蜂「え?何?鮭?」
 「泊めて下さい」

とゆうわけで…北の『荘』に宿泊決定。さっそく鮭の仕入れに同行。
宿主も、いいネタができたと喜んでいました。

自身も、いいネタができたと喜んでいます。
23:00 就寝眠い(睡眠)

◇9月12日晴れのち曇り
リピーター方々のアドバイスもあって、4時間10kmのコースを歩くことにした。
愛とロマンの8時間コースは次の機会に…ということで?

波照間Tシャツのリピーター客を見送った後、アザラシの浮かぶ浜中地区から歩き始める。

アスファルトの歩道の無い道を大型バスやトラックに轢かれそうになりながら歩く。

ZARDの『負けないで』を口ずさみながら、山を二つ越えた。
ゴロタ岬からは渡辺真知子『かもめが翔んだ日』に変わった。

花の季節で天気が良かったら…などと思ったりしたけど、意味がないのでやめた。

この日は南の『荘』にシフト

『オーイ!モーモ・イワソー!』

港ではフラッグを持った若者達が何度も船に向かって叫んでいる。

ブルーサンダーゴーエース、モモイワジカン、知性・教養・羞恥心を捨てるトンネル、ベンジョハウス、トオイセカイニetc…

一通りの儀式と説明を終えた後、宿に到着。扉を開けると…

『オッカエンナサーイexclamationexclamationexclamation』

その後の記憶はないww

22:00 就寝眠い(睡眠)

◇9月13日晴れ
AM 6:30 起床
便所ハウスでコーヒーを飲む。何だかすっきりした。

宿から港までは爽快チャリング自転車
AM9:55 香深港発 鴛泊行 930円

明日の~世界を~ さがしに~ いこうか~

出港後、南の荘ヘルパーの方々の真剣な眼差しの記憶が鮮明に残っていた。

いってきます。またくるよ。

2009年9月10日木曜日

最北端の街

◇9月9日曇り
最北端に向けて出発。

AM8:19 JR豊富駅発(宗谷本線 稚内行き)
AM9:05 JR稚内駅着
観光地化が進んだ九州最北端の門司港駅とは異なる情緒がある。

今日の予定は宗谷岬と宿探しだが…稚内駅⇔宗谷岬は往復60km。しかも強風。
残りの時間、体力、やる気… 無理だ(笑)

稚内はレンタカーで周ることにし、送迎車が来るまでは缶コーヒーで時間を潰すことにした。

モー娘のモーニングコーヒーを口ずさんでいると青い自転車の女性チャリダーが近寄って来た。

『タイヤの調子が変なんですけど…見てもらえませんか?』と…

(にわかチャリダーの俺にわかるはずもないw)

『あ~タイヤですか?どこですか?』と応対…

俺はバカだ。

前日の先輩チャリダーのレクチャーとこれまでの人生経験の全てを費やして問題は解決した。

お礼は安宿情報ぴかぴか(新しい)

彼女は爽やかな笑顔で『またどこかで』と言い残しその場を去っていった。

まるでドラクエのようだ

※宗谷岬で再会。市内のレンタカー屋でも再々会。無事な様子だった

レンタカーをゲットし、まずは宿のあるノシャップ岬に向かう。ノシャップはアイヌ語で顎(アゴ)の意味らしい。

宿はノシャップ岬の入口に位置する『漁師の店』
http://ryousinomise.hp.infoseek.co.jp/index.html

夜は大勢のライダー、チャリダー、旅人が集う。
年齢も20歳~70歳と幅広い。

店の父曰く『俺は頑張っている旅人を応援したい』

深夜1:00 就寝 眠い(睡眠)

◇9月10日 曇り
風は強く、やたらに寒い。早々に連泊を決める。

昼から晴れ間も見えたので稚内散策16kmにでかけた。
そして、風邪を引く…

翌朝は早朝の便で礼文島に渡るつもりだ。

お父さん、お母さん、Wさん、ライダー、チャリダー、旅人の皆さんに別れを告げ早目に睡眠を取ることにした。

父曰く『若いうちにいい旅しろよ。気をつけてな』

21:00 爆睡眠い(睡眠)