20年くらい前に、小倉南区のモノレール沿いに、持ち帰り専門のタネのでかい寿司があったことを思い出して、ネットで検索。
良かった。ありました。
さっそく、電話をかけると、感じの良い女性の方が電話に出られたので、
特上寿司と穴子のチラシを予約しました。
場所は、徳力公団を目がけてテイクアウトしに行ったのですが、徳力嵐山に近かったです。
こちらが、特上寿司。1290円。
たしかに大きい。海老は一貫に2枚乗ってるし、穴子は折り畳み。
かなりのボリューム。しっかり、もぐもぐしないと食べれません。
こちらが、チラシ。800円。
意外だったのが、酢飯が甘くないこと。穴子のツメも薄味です。
寿司の糖分は、かなり多いと聞くので、こちらのお寿司はヘルシーなのかもしれません。
久々に、食べごたえのある寿司を食べました。
また、近くによる時は注文したいと思います。
ご馳走様でした。
2017年3月19日日曜日
2017年2月9日木曜日
ヤング定食 祇園太鼓 北九州市小倉北区
昔の小倉の話。
当時、休日は図書館や予備校で勉強するのが流行っていた。
10時頃に着いても誰もおらず、ポケベルに「1006?(イマオル?)」とメッセージが入っては、友人が一人ずつ合流した。
昼前になり、腹が減って集中が切れると、チャリで向かったのがヤング定食の祇園太鼓という食堂だった。
たしか、一階と二階にフロアが分かれていて、一階にはボックス席があって、二階には大きめのテーブル席があった。
ヤング定食は、Lサイズのピザくらいの皿に、天ぷらやスパゲティなどが大盛。
さらにごはんは大盛。
これだけでもお腹いっぱいになるのに。さらにうどん付き。
で、500円。
他にも、足の裏2枚分のチキンカツの定食もあった。
ちゅうぎん通りを歩くと思い出す。
お腹いっぱいな想い出。
当時、休日は図書館や予備校で勉強するのが流行っていた。
10時頃に着いても誰もおらず、ポケベルに「1006?(イマオル?)」とメッセージが入っては、友人が一人ずつ合流した。
昼前になり、腹が減って集中が切れると、チャリで向かったのがヤング定食の祇園太鼓という食堂だった。
たしか、一階と二階にフロアが分かれていて、一階にはボックス席があって、二階には大きめのテーブル席があった。
ヤング定食は、Lサイズのピザくらいの皿に、天ぷらやスパゲティなどが大盛。
さらにごはんは大盛。
これだけでもお腹いっぱいになるのに。さらにうどん付き。
で、500円。
他にも、足の裏2枚分のチキンカツの定食もあった。
ちゅうぎん通りを歩くと思い出す。
お腹いっぱいな想い出。
2016年10月30日日曜日
島ごと削られた城 筑前若松城 (別名、中の島) 北九州市
その昔、洞海湾内に城があったと聞き、
石垣とか島とかが残ってないだろうか。と、いうことで現地へ向かった。
戸畑側の岸壁に到着
どこを見渡してもそれらしきものはない。少し歩いてみる。
海の中はたくさんの小魚が泳いでいる。サヨリか。
イカの墨跡もちょぼちょぼ。
橋の下でサビキ釣りをしている人がいる。
若松城は、黒田長政の筑前統治時代に築かれた城と言われている。
豊前との国境は戸畑側の境川と聞いたことがある。
芦屋・山鹿のお殿様が若松城の城主だったとか。
お城があったであろう橋の下
海の中の島で、別名、中の島。
1940年、島ごと削りとらてしまって消え去ったとのこと。
せっかくなので、あれを城跡とみなそう。
石垣とか島とかが残ってないだろうか。と、いうことで現地へ向かった。
戸畑側の岸壁に到着
どこを見渡してもそれらしきものはない。少し歩いてみる。
海の中はたくさんの小魚が泳いでいる。サヨリか。
イカの墨跡もちょぼちょぼ。
橋の下でサビキ釣りをしている人がいる。
若松城は、黒田長政の筑前統治時代に築かれた城と言われている。
豊前との国境は戸畑側の境川と聞いたことがある。
芦屋・山鹿のお殿様が若松城の城主だったとか。
お城があったであろう橋の下
海の中の島で、別名、中の島。
1940年、島ごと削りとらてしまって消え去ったとのこと。
せっかくなので、あれを城跡とみなそう。
2016年9月25日日曜日
HISの旅行移動相談者 北九州空港
2009年4月18日のプレスリリースとタイプと同一車種だろうか。
当時の記事によると、東日本地区でのイベントや営業所のない地域での運用を考えていたようだ。
運転席上部から側面には、飛行機が描かれている。
特許庁へ実用新案、意匠登録を出願していたようだが、その後、どうなったのだろうか。
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