2008年3月17日月曜日

しげこ

奇跡の3連快晴。



気温も30℃近くまで上がり初夏のよう。

宮古島の良い景観はそのまま観光地化されているように思う。管理もそこそこ行き届いてて観光がしやすい。
高い山やアンバランスな人工建造物が少ない。印象に残ったのは食べ物は雪塩工場の『雪塩ソフト』。 
店頭に備え付けの『塩唐辛子』や『柚子塩』などをフリカケのように振って食べる。
ちなみに塩ちんすこうは宮古のが一番美味しい。

宿は前回の旅の際にナンパされた

おばぁ(シゲ子)の家。 

収容人員3名の只の家。

宮古最後の夜
明日の出港は早朝6時…起きれるか?寝れるか不安w

朝までオトーリ。

2008年3月15日土曜日

しぃーぶん

Tシャツ、短パン、サンダルで過ごす那覇は寒かった。

宿は、美栄橋の月光荘。

ドミ1日目は、何となく距離感が掴みずらかった。


ぶらっと宿を出たら、すぐそこに「しぃーぶん」はあって、昼間からお店が開いていて、

明るい年上のお姉さんがいた。


沖縄そばといなり二個を注文した。


隣におじさんが座った。

タンカンとフーチバの炒め物、それからイカのするめを貰った。


しばらくして会計をお願いした。

たったの500円だった。

さて、有村フェリーの港を探すとスルメ。


2005年6月13日月曜日

西表通過

大雨の上原港。何とも言えない。殺風景な港である。
名古屋のご夫婦は石垣島に行くためにバスに乗った。

雨が弱まったので、もう一つの港とやらに向かって歩く。
寒さと空腹で体が震える。

数分も歩かないうちに、食堂の暖簾をくぐった。

注文したのは、「野菜ソーキそば」
冷房で震えながらそばを啜った。一気に汁まで飲み干した。
最高に美味かった。

港までの距離も、船の時間もよくわからない。
とりあえず一杯。

少し不安になって店員の女性に、
ここはどこで、石垣島はどこで、私はどうすればいいのか尋ねて見た。

考えるのが嫌になったのだろう。気付けば大原港まで、
車で送ってくれることになった。道中、歩くには、少し長い気がした。

最終便に間に合い、その日のうちに石垣島に戻れた。

ビックリぎょうてん丸

我々の命は、ビックリぎょうてん丸と船長に託された。

目的地は、西表島の上原港。
鳩間水道を渡ることになる。

波は2メートルから3メートル。
うねりがやばい。
(写真奥が上原港)

港外に出ると、少しずつ波が大きくなる。船より、波高の方が高い。

服はすでにびしょ濡れ。
カメラをバックパッカー内のごみ袋に収納。

パンツに海水が浸水した。

途中、小さな小島のようなものが見えた。
(あとで、バラスと呼ぶことを知る)

少しずつ波が収まる。
どうやら、無事、西表島に到着したようだ。


ありがとう。
びっくりギョウテン丸。

ありがとう。
青木さん。

鳩間脱出

何日経ったかは忘れた。
頑張って何もしないように「してる」自分がおもしろい。

ぽっぽは3食付き。
二日酔いには朝食は辛い。

何度か食べれなかたが、ここの食事は、総じて美味い。
と、いうか関西風?で口に合う。

昨日からは、名古屋から訪れているご夫婦と同宿に。
奥様に誘われたので、灯台を案内した。

ほどなくすると、ヘルパーの女の子からある情報が伝えられた。

「嵐が来るよ」

名古屋のご夫婦は早々にチャーター船を手配し、脱出の用意を始めた。

「ほら、あなたも行くよ」

奥様の声だった。

自然と体が反応し、バックパックに無理やり荷物を詰め込んだ。

小型の船に、船頭とご夫婦の4人で乗る。

ぽっぽのご主人、二人のヘルパーに見送られ鳩間を脱出した。

2005年6月12日日曜日

朝レインボー

読書にも飽きて、昨日は島酒を飲んで早めの就寝。
早朝5時の散歩。

しばらく日の出を眺める。
悠々自適の旅。こんな時間が続けばとつくづく思う。


雲の隙間から朝日が差し込み、虹が出た。
世界で自分しか見ていない虹。
時間を忘れて、ここで浸る。
宿に帰ると、客が行方不明になったと小騒ぎになっていた。

2005年6月10日金曜日

鳩間島へ

離島桟橋までは、太郎さんの車でお見送り。
綱取り制止して、グズる太郎さんを振り切り、ようやく乗船。
天気はまあまま。波は無し。2時間50分のクルージング。



石垣離島桟橋からはフェリーで2時間。船には旅人が2人。
独特の雰囲気。二人は民宿まるだいの宿泊客らしい。

どこから来たの?どこに泊まるの?タバコ何箱買ってきた?
一通り話をすると話すことも無くなった。
数時間後…正面に鳩間島が見えた。


港前のテトラ。青い。


何もない港だが、言いようのない高揚感。

石垣島から約3時間。無事、鳩間島に上陸。