2017年2月18日土曜日

三木城 播磨三大城 兵庫6+1の城巡り

大河ドラマ官兵衛で憧れていた摂津、丹波、播磨(兵庫6城+京都1城)の城を巡る旅。

福知山城を13時頃発。
途中、六人部PAで蕎麦をすすった後、播磨三大城の三木城を目指した。
ナビで三木城を検索するもヒットしなかったので、とりあえず駅に向かった。

駅の手前、市役所やグラウンドがある付近で道に迷う。
文化会館の方に行ったり、総合公園の方に行ったりしたが、本丸は見当たらない。

もう一度、駅を中心に方角を探り、細い道を進んで、
15時、何とか三木城跡に到着。

1578年5月 三木合戦 開戦 

途中、豊臣秀吉の本陣跡の看板をみつけたが、特定できなかった。

荒木村重が、秀吉の右後方に配置。
この後、1578年10月に離反する。有岡城の戦い。

1579年6月 竹中半兵衛 死去

ボランティアの方から、竹中半兵衛のお墓に纏わる逸話を伺った。

「包囲中の三木城に兵糧を運び込む輩を捕まえたら坊主であった。報告を受けた織田信長は怒り、寺を燃やした。半兵衛の墓はその寺にあり焼失、行方不明になった。今ある墓は、再建したもの」とのこと。

1580年1月 開城

今はただ 恨みもあらじ 諸人の 命に代はる 我が身と思えば
別所長治 辞世の句

兵庫2/6完。

転用石 福知山城 明智光秀の居城 京都府福知山市 兵庫6+1の城巡り

近頃、なぜか明智光秀という武将に惹かれる。
そんな理由で、小雨が散らつくなか福知山城まで車を走らせることにした。

篠山を11時40分頃に出発。
迷ったが予定が詰まっていたのでハイウエイを利用した。
県境を超えて京都府に入る。

12時30分 福知山城着

無料の駐車場に車を停めて城を登る。

野面積み。案内には乱石積みとも書いてあった。

復元天守閣。


ここの石垣には五輪塔や石仏などの石造物が転用されているらしい。
他の城の石を使った城などは聞いたことがあるがこのタイプは珍しい。

三か所に加工された石が見える。

ここにも。
字のようなものも見えるが漢字じゃないので読めない。

なかなか面白いものが見れました。
プラス1完。

ササユリ マンホ 篠山市篠山城付近

松と石垣に、市の花のササユリでしょうか。
6月~7月に咲くそうです。

カラーバージョンがあるらしいけど…

篠山城 日本百名城 兵庫6+1の城巡り

大河ドラマ官兵衛で憧れていた摂津、丹波、播磨(兵庫6城+京都1城)の城を巡る旅。

am9時、レンタカーで三宮発。

今回は、時間の関係上「姫路乗り捨て」が必須。
楽天レンタカーで検索した結果、一番条件の良いトヨタレンタカーと契約した。

三宮を出て高速道路で北上する。
全くナビ任せでどこをどう走ったかはよくわからなかったが、樹木が少しずつ北らしくなっていったのはわかった。

11時頃、篠山城付近に到着。

1609年に徳川家康が、大阪城を包囲することと、豊臣家側の西日本の諸大名を牽制するため、旧豊臣大名の経済力を弱めることを目的に築城を指示した城である。

関ケ原の戦いは1600年。大阪冬の陣は1614年である。

大手門から入城。
使用された石は小さめ。


鉄門跡のやや大きめの石

城内に天守閣はなく、大書院と呼ぶ屋敷があった。
百名城スタンプもそこにあった。

外周南東側
石垣の上で鉄砲を構えられるとなかなか攻めれそうにない。

外周東側
こちら側は少し崩壊していて復旧工事をしていた。色違いの石が綺麗。

外周東北部
ここからの眺めはきれいだった。

外周北東部の堀。背中側の堀では蓮が生える。

篠山城。兵庫1/6完。

2017年2月12日日曜日

787系 4代目つばめ JR九州 門司港駅

記念館から見えた現役の787系。
運転室出入口の左下に「クモハ」とある。


クモハは先頭車となる制御電動車。運転台とモーターあり。

こちらは駅構内で、別の日に撮影したもの。

面構えがいいですね。

日本国有鉄道59634号とクハ481-603他 九州鉄道記念館

北九州市門司区の九州鉄道記念館に常設展示中の9600型機関車。

日本国有鉄道 59634号。愛称キュウロク。ごくろうさんよ。

北九州地区最後の蒸気機関車。1922年川崎造船所製。



こちらはクハ481-603。いわゆるにちりんカラーの車両。
もともとはクロ481-5。

クハはモーターを搭載している普通車。
クロはモーターを搭載しているグリーン車。

S58年東北から鹿児島に配属。

1969年日本車両製

これは現役、モハ414-1511。中間電動車。運転台なしモーターあり。

キハとかクハとかモハとかに意味があるんですね。

おまけ。施設内のミニ列車。885系かもめ。1回300円。


2017年2月9日木曜日

ヤング定食 祇園太鼓 北九州市小倉北区

昔の小倉の話。

当時、休日は図書館や予備校で勉強するのが流行っていた。

10時頃に着いても誰もおらず、ポケベルに「1006?(イマオル?)」とメッセージが入っては、友人が一人ずつ合流した。

昼前になり、腹が減って集中が切れると、チャリで向かったのがヤング定食の祇園太鼓という食堂だった。

たしか、一階と二階にフロアが分かれていて、一階にはボックス席があって、二階には大きめのテーブル席があった。

ヤング定食は、Lサイズのピザくらいの皿に、天ぷらやスパゲティなどが大盛。

さらにごはんは大盛。

これだけでもお腹いっぱいになるのに。さらにうどん付き。

で、500円。

他にも、足の裏2枚分のチキンカツの定食もあった。

ちゅうぎん通りを歩くと思い出す。

お腹いっぱいな想い出。