2012年10月6日土曜日

一球酒場@志木

東部東上線志木駅より徒歩5分。リーズナブルな本格中華料理屋さん。

隣のお客さんの注文した麻婆豆腐で目が染みた。
ちょっと食べてみたくなって注文してみた。
唐辛子じゃなくて、山椒と塩辛い。そして熱い。

でも病みつきになる。

香辛料で味付けしたラムも美味しかった。帰り際、なぜか中国系の料理人がドラを鳴らす。

焼酎のミヤキンってどこの?

2012年9月17日月曜日

根城 日本百名城(二十城目)

節目の20城目、青森県八戸市の根城。
三沢空港から格安レンタカーでの城攻め。

建武元年(1334年)に南部師行(なんぶもろゆき)により築城。
南部と聞くと、南部鉄器が連想され、盛岡をイメージするが、ここは八戸南部家である。
南部師行
天守閣があって、石垣があって、というような近代の城郭ではない。
要塞に近いことが復元模型からわかる。

木造なので、さぞかし火矢にはヒヤヒヤしたであろう。


観光政策により、屋敷跡や厩舎、堀の一部は、復元されたものだが、
自治体が買収するまで、ここは「りんご畑」だったらしい。

通称 りんご城

を提案したが、ガイドさんに鼻で笑われた。


この日のお天道様のおかげで、満足のいく写真が撮れた。自治体やボランティアの皆様に感謝。
避暑のために訪れた八戸。この日の気温計は36℃を差していた。

蕪島 八戸

八戸の太平洋岸を走行中に遭遇。
名前は島だが、旧日本軍により埋め立て工事が行われたため、今は「島」ではない。




 ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されており、その数は約3万羽。
空からの攻撃には警戒が必要である。

2012年6月14日木曜日

岡城 日本百名城(十九城目)

梅雨の合間を狙っての岡城攻め(大分県竹田市)

九州の百名城の中では珍しい山城。
このシルエットに胸が躍る。
 
岡城は1185年に頼朝に追われていた源義経を迎えるために緒方三郎惟英が築城したと伝えられている。近世城郭としての形が整えられたのは1594年の中川氏の入場以降である。

無料の駐車場に車を停め、受付で入場料を支払う。

右廻りで城を攻める。緑の深い道、ヒヨドリの鳴き声が心地よい。
大手門、桜の馬場を通過し、西中仕切りで良く見るこの風景。

反り
 
 
 反り
反りーーー

2012年1月21日土曜日

釜山鎮支城(プサンチンシジャン)

海外LCCに乗ってみたいチムジルバンを体験したい。
そんな理由で2泊3日の旅程で釜山へ。

福岡発のLCC。エアプサンに搭乗。機体はやや小ぶりのB737型。
シートの柔らかさは普通。座席はやや狭い。新聞はある。

そんな初LCCに浸るのも束の間、あっという間に対馬上空に到達。
そこからすぐに下降が始まり、釜山金海空港にランディング。
飛行時間は30分ほどだっただろうか。

市内まで移動し、ホテルにチェックイン。
期待できそうな天候はなかったが、ホテルの部屋から窓の外を眺めてみた。

釜山の窓から

モーテル=日本でいうラブホのことなのだろう。

ノレバン=直訳ではカラオケと習ったが、玄関に客引きがいる。カラオケスナック?はたまたデートクラブのようなものなのか。


その他は、日本でも馴染みのあるプルコギや、サムギョプサルなどのハングルの看板が立ち並ぶ。何となしそうゆうエリアであることがわかった。
(後日、ガイドさんに尋ねたら「大人のノレバン」と「普通のノレバン」があるとのこと。それ以上は「行ってみたら?」とあしらわれた。)
ところで、あの丘は何?
日本であれば、おおよそ古墳の雰囲気である。
マフラーと手袋を装着し、現場へと急行することとした。

5分ほど歩き、階段を登ると、かなり古い時代の石垣が見えた。
急いで作ったのか、耐震性能が悪そう。

釜山石垣


頂上はこんな感じの再建された建物がある。

このあたりで、何となくどの時代の物か想像がついた。
ホテルへの帰路。日本語の看板を見つけた。

この城跡は1593年の壬申倭乱(豊臣秀吉の朝鮮出兵)の時、日本軍が駐在するため毛利輝元が釜山鎮の支城として築城した日本式の城である。
とのこと。以前、訪問した名護屋城から出陣した武将が築城したと思うと、感慨深い気持ちになった。また、LCCのありがたさを痛感した。

今は、このエリア。地元のアジュマ(おばちゃん)達のウォーキングの場所として、
親しまれているようである。

おまけ。ジムの設備のような韓国風遊具。

2011年12月29日木曜日

JR肥薩線 日本三大車窓

たびびとスイッチオン!

08:37 博多発(特急リレーつばめ37号)
09:59 熊本着
10:05 熊本発

このあたりまで来ると景色が変わってくる。
部活に行く途中であろう高校生の言葉も博多のそれと異なる。

10:41 八代着

$旅りーまんブログ-Course Up-

既に、ボックス席はマニアな方々がスタンバイ。さすが人気路線。


11:09 八代発(JR肥薩線)

肥薩線は球磨川沿いを少しずつ登る。
12:22 人吉着
$旅りーまんブログ-Course Up-

気温は0℃に近い。ナマモノは気がすすまない。栗めしを購入。

『いさぶろう』は、観光列車というものであることを知る。
意味がよくわからないまま指定席を押さえにかかる。500円の補正予算を計上。
二両編成のうち自由席は6席程度のみ。他の座席は全て指定席。
        
13:15 人吉発(JRいさぶろう3号)

栗めし!いただきまーす!
$旅りーまんブログ-Course Up-

腹ごしらえを終え、いざ日本三大車窓へ。
最も標高の高い矢岳駅では雪が舞う。テンションは最高潮。

『間もなく進行方向左手に日本三代車窓…霧島連山が…』車内放送が突然止まる…まさか…きた?へ?

は!?車窓!?あーーーー!!!

$旅りーまんブログ-Course Up-

ホワイトアウトーーーーー!!!ガーン(ToT)/~~~

駅のホームの鐘をつくと幸せになれるという真幸(まさき)駅。
『そんなわけねーだろう』と思いながら放送を聞いていた。

爺ちゃんも婆ちゃんもお父さんもお母さんも子供も鉄道マニアも旅人もみんな笑顔で鐘をついてはしゃいでいること。それを笑顔で見守る運転手と客室乗務員の方々。

幸せな『絵』だなーっとしみじみ思った。

発車間際。小さく鐘を鳴らしてみた。何か照れくさくて笑ってしまった。

14:37       吉松着
            吉松発(特急はやとの風)
16:40頃      鹿児島中央着

2011年11月19日土曜日

岩国城 日本百名城(十八城目)

古来より、交通の要所として栄えた関門地区を通過。
海峡の両端、下関と門司の双方の地名は関所の意味合いを有する。
第2次長州征伐の際、小倉口の戦い」において、高杉晋作率いる奇兵隊が、幕府軍の小倉藩を征伐するなどの一時的な対立はあったが、現在は貿易や観光など多くの分野で協力関係にある。

さらに、山陽道を直走ること約2時間。岩国インターチェンジに到着。

寝坊で出発が遅れたせいで時間との戦だ。

くねくねした道を走ること数分、岩国城下にある日本三名橋である錦帯橋に到着。(右上が城。左上がロープウェイ)

錦帯橋と岩国城
岩国城は、1608年に初代岩国藩主吉川広家が築城。

関ヶ原の戦いが1600年、大阪夏の陣が1615年であることを考えると、
戦うことを想定して建てられた城なのだろう。


天守閣は復元であるが、石垣は年季を感じさせる野面積み。
どこから石を切り出したのかに興味深い。

3年前の年末。ロープウェイの整備のため登城できなかった。

高所&閉所は苦手だが、勇気があればロープウェイに乗れることもわかった。

つづく